「古参社員が動かないんです」
事業承継後の二代目社長から、この言葉を聞かない月がない。
愛知、岐阜、静岡——東海の製造業や建設業、飲食業の現場を歩いてきて、このテーマが最も多い相談テーマだとはっきりわかった。
しかし私が見てきた限り、古参社員は「悪意を持って抵抗している」わけではない。
古参社員の反発は「防衛反応」だ
古参社員が新社長のやり方を受け入れない理由は、変化そのものへの嫌悪ではない。
その根底にあるのは、「自分の存在意義が消えるかもしれない」という恐怖だ。
30年、40年かけて培ってきた現場の勘、職人の技、先代との信頼関係——これらが「古い」「非効率だ」と切り捨てられるかもしれないという不安が、反発として表に出てくる。
東海の製造業では特に、「背中で語る」「技は盗んで覚える」という職人文化が深く根付いている。そこへ「プロセスを言語化しろ」「マニュアルを作れ」と一方的に迫れば、自分の誇りを否定されたと感じる。
これは人の問題ではなく、組織のOSの問題だ。
先代が長年かけて作り上げた「前提・暗黙のルール・権力構造」が、そのまま新体制に引き継がれている。新しいやり方を入れようとするたびに、旧いOSがブレーキをかける。
二代目が陥りやすい3つの罠
現場で何度も見てきた、やってしまいがちなパターンがある。
① 正論を押しつける
「この施策は合理的だ。説明すれば理解してもらえるはずだ」
しかし古参社員が動かない理由は、施策の理解不足ではない。「この経営者に自分の未来を預けていいのか」という信頼の問題だ。関係性ができる前に正論を出すと、感情的な対立だけが深まる。
② 気を遣いすぎて何も変えられない
先代や古参社員への配慮が行き過ぎると、変えるべきことに踏み込めなくなる。古参社員は新社長のブレや妥協を敏感に察知する。「この人は本気じゃない」と感じた瞬間、距離が開く。
③ 全員の納得を待ちすぎる
一人の強力な反対者を説得するために、全体の変革を止めてしまう。これは改革の完全な停滞を意味する。全員の合意は幻想だ。必要なのは「動ける多数」を先に動かすことだ。
反発を「共創」に変えた3つのステップ
では、どうすればいいか。
東海エリアで実際に変わった企業の現場から、共通するアプローチを抽出した。
ステップ1:過去を全力で肯定する
最初にやることは、説明でも説得でもない。
「この会社が今あるのは、あなたたちのおかげです」という事実を、経営者の口から直接、言葉にして伝えることだ。
これは社交辞令ではなく、事実の確認だ。先代体制を支えてきた古参社員がいなければ、引き継ぐ会社そのものがなかった。その事実を経営者が本気で認めると、古参社員の防衛本能が緩む。
愛知の鈑金製造業、名上鈑金工業所では、娘婿として承継した水野氏がこの対話を半年かけて積み重ねた。結果として古参のリーダー層から「水野さん、もっと意見を出して。みんなで作り上げましょう」という言葉が自然に出てきた。
ステップ2:古参社員の「こだわり」を言語化させる
「この数十年で、絶対に譲れないこだわりは何ですか」
この問いを1対1の場で投げかける。
職人の暗黙知は、本人も言語化したことがないことが多い。それを経営者が真剣に聞こうとする姿勢そのものが、「自分の経験が価値として認められている」という実感を生む。
この対話から出てきた「現場のこだわり」を、新しい行動指針や評価軸の核心に据える。古参社員は「自分たちが作った会社の新しいルール」として受け取り、抵抗が推進力に変わる。
ステップ3:改革の「共著者」にする
新しい理念や制度を社長が一人で作って下ろすのをやめる。
幹部・古参社員・若手を巻き込んだボトムアップ型のワークショップで、一緒に作る。
愛知の三栄工業では、全員参加で6ヶ月かけて経営理念と評価制度を再構築した。「経営陣に与えられたルール」ではなく「自分たちが定めた約束」になったことで、判断軸が明確になり、初の新卒採用で30名以上の応募が集まった。
外部の伴走者を使うことを恐れない
当事者同士の直接対話が平行線をたどるときは、外部の第三者を介在させることが有効だ。
利害関係を持たない専門家が、「先代の功績」と「変革の必然性」を客観的に橋渡しすることで、感情的な対立が急速に和らぐ。
自分がずっと正しいと思っていたことを、社外の人間に指摘されて初めて腑に落ちる——これは経営者も古参社員も変わらない。
承継は「否定」ではなく「接続」だ
静岡の「さわやか」二代目社長は、コロナ禍の全店休業という判断で、先代からのベテラン社員の信頼を一気に獲得した。「社員の安全を守る」という揺るぎない姿勢が、言葉よりも先に信頼を作った。
事業承継は、先代を否定することではない。
先代が大切にしてきた本質的な価値を引き継ぎながら、時代に合わせて新しいOSを書き込む作業だ。「過去への敬意」と「未来への決断」を同時に持てる経営者だけが、古参社員を動かすことができる。
あなたの組織の古参社員は、今どんな気持ちでいると思いますか。
事業承継後の組織づくりに関して、具体的な支援事例や相談はこちらのページをご覧ください。







